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河内西国霊場(1)

平成28年8月6日(土)

久しぶりにブログを更新しました。
7月は多忙な日が続き、不調だった自宅PCの修復も出来ずに
1ケ月以上あいてしまいました。

またこの1ケ月まったく歩きに行けなかったので、
リハビリを兼ねて、地元の霊場の徒歩巡礼を始めることにしました。

河内西国霊場は、西国33ヶ所観音霊場の写し霊場で、江戸時代から
あったそうで、地方霊場にしては整備されている方です。
寺院は信貴生駒山系に沿って点在し、大きな寺院も含まれています。
※まったく同名の河内西国観音霊場が北河内エリアにあるそうです。

巡礼にあたり、札所を順番通りにお参りする順打ちにこだわろうと
思いますが、数か所でなんでこんな配置になったのかと思うところ
もあり、徒歩では辛いところもあるので臨機応変に考えます。

今回はJR八尾駅から始めることにします。

JR八尾駅から南へ1キロちょっとで太子堂の交差点へ。
右折してしばらく進むと右手に見えてきます。

□第1番 椋樹山 大聖勝軍寺

2016086_01大聖勝軍寺
聖徳太子の古戦場
敏達天皇の時代、宗仏派の蘇我馬子と排仏派の物部守屋が対立、
河内一円で激戦が繰り広げられています。
当時16歳の聖徳太子もこの戦に参戦しています。
しかし強大な兵力の守屋の前に敗退が続き追い詰められ、
絶体絶命の窮地に陥った時に、突如椋の大木に空洞が現れ、
その中に身を潜めて太子は九死に一生を得ることができました。
その後、体制を立て直し見事に守屋軍を打ち破ります。

2016086_02大聖勝軍寺
聖徳太子の像
馬子以下四大臣を四天王に見立て必勝の誓願をたてる

2016086_03大聖勝軍寺
山門
太子堂とも呼ばれています

2016086_04大聖勝軍寺
本堂
聖徳太子霊場の第2番でもあります。

2016086_05大聖勝軍寺
神妙椋樹
太子救命の故事にちなんで神木として祀られています。
(幹の中には太子様がいらっしゃいます)

2016086_06大聖勝軍寺
毘沙門堂
河内飛鳥霊場の第3番でもあります。
河内飛鳥は、近つ飛鳥とも呼ばれ大阪府羽曳野市の飛鳥を中心と
したエリアで、河内飛鳥霊場は四天王寺を始め十五の古寺です。


大聖勝軍寺を後にして、第2番に向かいます。

途中の太川神社
御祭神は「素戔嗚命(すさのおのみこと)」と「保食神(うけもちのかみ)です。
2016086_07太川神社

JR久宝寺駅を通過し
2016086_08JR久宝寺駅

久宝寺の寺内町へ
許麻神社
2016086_09許麻神社

許麻神社の前からしばらく進むと「寺内町ふれあい館」があります。
その向かいにあるのが念佛寺です。

□第2番 龍興山 念佛寺

平野の大念佛寺の末寺で、1341年に創建

2016086_10念仏寺
山門

2016086_11念仏寺
本堂


念佛寺を後のし、寺内町を抜けます。
2016086_12久宝寺寺内町
2016086_13久宝寺寺内町

長瀬川を渡り
2016086_14長瀬川

八尾の商店街へ
2016086_15八尾ファミリーロード

商店街を進むと左手に見えてきます。

□第3番 初日山 常光寺

奈良時代の高僧行基が創建。本尊は地蔵菩薩立像。
大阪夏の陣ではこの付近も決戦場になっています。

2016086_16常光寺
2016086_17常光寺
山門

2016086_18常光寺
河内最古の音頭発祥の地の石碑

2016086_19常光寺
境内
かなり広いです。夏には盆踊りが行われます。

ここから、次の第4番までは、16キロくらい離れています。
猛暑の中、歩き続ける元気がなかったので、途中の藤井寺駅で
この日は終了にします。

第4番は後日に訪れます。


平成28年8月11日(木)

山の日の休日、前回行けなかった第4番へお参りに行きます。

早朝から前回中断した藤井寺駅から外環状線をひたすら歩き、
府道202号森屋狭山線を狭山方面へ。
快晴です。
20160811_01富田林市

国道309号脇の遊歩道を進み、途中で左折して西へ進みます。
20160811_02藤沢台遊歩道

アップダウンの道を進み、大阪狭山市駅に向かう手前の青葉丘辺りで
右折して、左手にJAが見えたあたりで青葉丘幼稚園の案内する方へ右折。
突き当りに見えてきます。

□第4番 智福山 龍雲寺

河内長野市の真言宗の古寺を1724年に、狭山藩主の北條氏朝の援助を受け
独園和尚が開山、黄檗宗に改宗。この地の菩提寺として移されたお寺です。

20160811_03龍雲寺
山門

20160811_04龍雲寺
本堂

境内ではお釈迦さまの生涯が実感できます。
20160811_05龍雲寺
20160811_06龍雲寺
20160811_07龍雲寺


ここから、第5番まではけっこう離れています。
この日も暑くなってきたので、途中の河内松原駅で終了とします。
(少し大回りもしたので24キロくらいのウォークになってしまいました)

第5番以降は、いつになるかな?
次回は京都五山に参加予定です。
今年も暑そうなので、無理せず短い距離になりそうです。
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熊野詣

平成27年12月12日(土)

今週はウォーキングお休みです。
以前部屋を整理していたら出てきた朱印帳。
久しぶりの熊野詣でを兼ねてお参りを再開することにしました。

こちらが今回参拝を再開する神仏霊場会の参拝朱印帳。
20151212_00神仏霊場参拝朱印帳

関西地域の150の社寺が参加して平成20年に発足された新しい会です。
和歌山は13の社寺が参加しています。
このうち「熊野本宮大社」は平成21年に、
「熊野那智大社」「青岸渡寺」は平成23年に参拝しています。

紀南エリアは「熊野速玉大社」と「闘鶏神社」が参拝できていないので、
この2社に参拝することとします。

この日は車移動です。
まずは「熊野速玉大社」を目指すのですが、
紀勢自動車道もかなり整備されたようなので尾鷲回りで行くことに。
10時ころには目的地に、予想以上に早い到着になりました。

「熊野速玉大社」は熊野川の河口近くに鎮座しており、
背後に「ゴトビキ岩」という巨岩の霊石を頂く神倉山があります。
この神倉山に摂社としてあるのが旧宮「神倉神社」で、
「速玉大社」はこれに対し、新宮(にいみや)と呼ばれ、
この地は新宮(しんぐう)となっているそうです。

下馬橋と大鳥居です。
朱塗りが美しく、青空に映えます。
20151212_01熊野速玉大社鳥居

鳥居をくぐった右手の「八咫烏神社」「手力男神社」です。
20151212_02熊野速玉大社八咫烏神社

境内には世界遺産の碑があります。
20151212_03熊野速玉大社世界遺産碑

そこから「上三殿」を望みます。一つずつお参りし、
20151212_04熊野速玉大社上三殿

最後に「拝殿」でお参りします。
20151212_05熊野速玉大社拝殿

参拝後に御朱印をいただきます。
20151212_06熊野速玉大社御朱印

この日は夕方には戻らなければいけないので、
「熊野那智大社」と「青岸渡寺」は立ち寄らないことにしました。
平成23年にいただいた御朱印です。
20151212_19熊野那智大社御朱印
20151212_20青岸渡寺御朱印

「闘鶏神社」に向かう道中なので「熊野本宮大社」へは立ち寄ることにします。
速玉大社からは車で40分くらいで到着です。

「熊野本宮大社」は熊野詣で最初に参拝する社です。
が、この日は逆にしてしまいました。
かつては、紀伊路からの熊野詣は中辺路を歩き「熊野本宮大社」に参拝したあと、
熊野川を下り、「熊野速玉大社」に出て、「熊野那智大社」をめぐり
再び本宮に戻ったそうです。
「熊野速玉大社」から「熊野那智大社」を経て「熊野本宮大社」に向かう道は、
熊野古道ですっかり有名な巡拝道になってますね。
中辺路は歩きましたが、こちらもいつかは歩いてみたい道です。

「熊野本宮大社」の鳥居前です。
20151212_07熊野本宮大社

ここから参道を進み、数段の階段を上っていきます。
20151212_08熊野本宮大社参道

「神門」をくぐり本社をお参りします。
※神門内は撮影禁止ですので正面のみです。
20151212_09熊野本宮大社神門

拝殿にお参りします。
20151212_10熊野本宮大社拝殿

参拝後に御朱印をいただきました。
こちらは一般の朱印帳にいただきました。
20151212_11熊野本宮大社御朱印

神仏霊場会の朱印は平成21年にお参りした際にいただきました。
20151212_12熊野本宮大社御朱印過去

帰りはこちらの道を通って下っていきます。
距離は百メートルくらいです。
20151212_13熊野本宮大社祈りの道
20151212_14熊野本宮大社祈りの道

本日の最後「闘鶏神社」に向かいます。
国道311号をひたすら進み、田辺市内へ。
13時過ぎに「闘鶏神社」に到着しました。
20151212_15闘鶏神社

「闘鶏神社」の名前の由来は、源平合戦から
平家滅亡を運命づけた社でもあるそうです。
また武蔵坊弁慶の出身が田辺との伝承もあります。

境内にはいり「拝殿」にお参りします。
20151212_16闘鶏神社拝殿

その後方湛増と弁慶の像があります。
20151212_17闘鶏神社湛増弁慶像

参拝後に御朱印をいただきました。
20151212_18闘鶏神社御朱印

これで紀南エリア、熊野古道の5社寺の参拝になります。
和歌山は紀伊路の4社寺と高野山の4社寺になります。
のんびりこちらも参拝したいと思います。

今回は時間の都合で車で参拝となりましたが、
熊野古道はじっくり歩いてみたいところです。
仕事が落ち着いたらいつか計画してみたいと思います。
※企画だおれになってしまうかもですが。

大坂の陣ゆかりの地朱印めぐり1

平成27年9月26日(土)

久しぶりの更新です。
夏以降、自分を含めた周辺に悪い出来事が続くので、
お祓いとリハビリを兼ねて大阪市内の神社へ。

また、大坂の陣400年天下一祭の期間に行われている
ゆかりの地朱印めぐりもあと半年になり、
せっかっくなのでご朱印をいただくことにしました。

こちらが御朱印帖を兼ねたガイドブックです。
普通の製本なので、ちょっと書きづらいと思います。
20150926_00ゆかりの地朱印帖

今日は5所にお参りします。

まずは、豊臣家ゆかりの地の神社、豊國神社(ほうこくじんじゃ)へ。

鳥居前の秀吉公の銅像が天守閣を望み見守っています。
20150926_01豊國神社

境内は心なしかパワーを感じます。
20150926_02豊國神社

お参り後にご朱印をいただきました。
20150926_03豊國神社御朱印

その後、せっかくなので天守閣の方へ。青空に映えます。
20150926_04大阪城

そこから少し南に玉造稲荷神社があります。
何度も訪れたことのある神社です。
20150926_05玉造稲荷神社
20150926_06玉造稲荷神社

ここには秀頼公の銅像が鎮座しています。
左に見えるのは秀頼公に奉納された鳥居ですが地中に埋まっています。
20150926_07玉造稲荷神社

玉造稲荷神社のご朱印です。
20150926_08玉造稲荷神社御朱印

ここからは冬の陣の戦いの地へ。
順番通りいきたいところですが、今日は徒歩で移動できるところへ優先します。

玉造稲荷神社から南西に位置する円殊庵鎌八幡へ。
ここは境内撮影禁止のため、門のみです。
20150926_09円殊庵鎌八幡

真田丸の丘陵のてっぺんに位置し、真田幸村が霊木に戦勝を祈願し鎌を打ちつけたところです。
鎌八幡は大阪屈指の縁切りスポットであり、いつも参拝者が絶えません。
境内には多くの鎌だ打ち込まれた霊木があり、パワーを感じます。
私もここ最近の悪い事を絶つように祈念してまいりました。

円殊庵鎌八幡のご朱印です。
20150926_10円殊庵鎌八幡御朱印

そこから西、本町方面に向かいます。
坐摩神社(いかすりじんじゃ)です。ここは「本町橋の夜襲」があったところの近くです。
20150926_11坐摩神社

通称は「ざまじんじゃ」と呼ばれています。
「いかすり」とは「土地を守る」という意味です。
都会の真ん中のオアシスのように空気が澄んでいました。
20150926_12坐摩神社

坐摩神社のご朱印です。
20150926_13坐摩神社御朱印

そこから南へ向かい、難波八阪神社です。
20150926_14難波八阪神社

ガイドブックでは「木津川口の戦い」の地で案内されていましたが、
位置的に少し違和感を覚えました。あまり気にしないことにします。
20150926_15難波八阪神社

境内には巨大な獅子頭を模した獅子殿があります。
20150926_16難波八阪神社

少しユニークな逆立ちしている狛犬。
20150926_17難波八阪神社

難波八阪神社のご朱印です。
20150926_18難波八阪神社御朱印

今日はここまでです。
冬の陣ゆかりの地はあと6箇所。年内にはお参りしたいと思います。
夏の陣ゆかりの地14箇所、年明け3ヶ月で回れるかな?

事故に遭ってから2週間、ほとんど出かけず体がなまっていました。
まだ精神的なダメージは癒えておらず、大阪市内を歩いているだけでも疲れた気がします。
来週からはツーデーウォークに参加を予定していますが、
無理せず短い距離から少しづつ体調を戻したいと思います。
プロフィール

ともく

Author:ともく
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